陣痛から出産まで
当日まで陣痛の兆候がない。
ドラぽんは2月20日が出産予定日でしたが、
当日もまったく陣痛の兆候がなく、
“ま、初子(はつご=はじめてのこども)は遅れるもんやし”という周囲の言葉通り、
遅れてもあまり深く考えていませんでした。
その翌日、午後3時、
なんかお腹がちくちく痛むな~という感覚がやってきました。
とにかくお腹の赤ちゃんを下げなさい、
という産婦人科の先生の言葉通り、
歩いて歩いて赤ちゃんが下がってくるように祈りました。
臨月になるとお腹が痛くなることが頻繁にあるので、
「ああ、またか」
なんて軽く構えてましたが、
実はこれが陣痛の始まりでした。
始めは何時間かおき、
やがて30分、15分、10分…と痛みの感覚が規則的になり、
痛みも少しずつ強くなっていきました。
もし入院したらお風呂に入れないから、
という母の言葉に従ってこの時あらかじめ入浴しておきました。
破水していなければお風呂も大丈夫ですから。
夕食も通常通り食べられましたが、
午後10時過ぎになって横になっていないと痛い、という
状況になってようやく
「病院、行こうか」ということになりました。
マタニティスイミングで習った呼吸法
夜間ですので通常の入り口は空いていませんので、
夜間出入り口から産婦人科に入りました。
この時はまだ笑顔で助産師さんとお話できるほど自分に余裕がありました。
ところが次第に陣痛の痛みが増し、ついに身体が震えだしました。
あまりの痛さで身体が強張ってしまうんですね。
助産師さんはそんな状態でも、
「大丈夫、皆そうやから」と優しく声をかけてくれます。
この時、
脳裏に浮かんだのがです。
「フーッ、フーッ、ハッハッハッ」
どの呼吸法がいいかなんてこの切羽詰った状況ではわかりませんが、
とにかく頭の中はこの呼吸法もあった、こ、これも。
なんてありとあらゆる呼吸法をしていたような気がします。
ドラぽんは本格的な陣痛は夜中でしたので眠気が襲ってくるのですが、
痛みで目が覚めるの繰り返しでした。
腰とお腹の鈍い痛みに耐え、
「お腹の赤ちゃんも頑張っているんだから」という母の声をバネに午前4時。
ついに助産師さんが
「分娩室へ行こう!」と言ってくれました。
それまで、子宮口があまり開いていなかったので、
助産師さんが手で開いてくれました。
すると、一気に陣痛が強くなったようです。
午前4時。
分娩室には2人の助産師さんと寝ぼけ眼の産婦人科の先生。
“せっ、先生、寝起きで大丈夫~??”と私は頭では思っているものの、
そこまで余裕がないので、
とにかく早くなんとかして~という感じでした。
分娩台に上がるとついに“いきみ”の瞬間がやってきました。
ここで水中座禅だ!!と思い、
いつもは70秒くらいしか息を止められないのですが、
新記録を出すぞ~というつもりでとにかく息を長く止め、強くいきみました。
途中、ハッハッハッと短息(たんそく)呼吸。
これもマタニティスイミングで練習した通りです。
1回…2回……そして3回目に思いっきりいきんで、
そしてついに、2月22日午前4時37分、生まれました!!
可愛い女の子が!!
まだ臍の緒もくっついたままの赤ちゃん。
大きな声で精一杯泣いていました。
初めて腕に抱くのですが、初めて、という気がしないんですね。
そう、ずっと一緒に10カ月もお腹の中で一緒にいたのですから。
ただ、ただ、愛おしい…そんな気持ちです。
マタニティスイミングの効果を実感
出産の後は胎盤を出してもらい、
直前で会陰(えいん)切開をしたので傷口を先生に縫ってもらいました。
会陰切開は赤ちゃんを早く出して産道を早く降りられるようにし、
お母さん自身も負担が軽くなるそうです。
痛みは陣痛の痛みに消されほとんどわかりません。
幸い出血も少なく、身体の負担もそれほど大きくなかったので、
午前7時半まで分娩室で横になり、その後は歩いて病室まで行きました。
その時、茜色に輝く窓の外の朝焼けがこんなに美しいと思った朝はありません。
分娩室に入って約30分のスピード出産。
おまけに超安産、なにより体力がついていたのは、
しました。
出産を終えると、あの時のこういう練習はこの時のためだったんだ、
なんてようやくどの練習が分娩のどのタイミングで必要かがわかるんですね。
マタニティスイミングのカリキュラムが、
本当に出産を熟慮して作成されているのだなと感心しました。
次の子を出産する時もぜひもう一度スイミングで体力をつけ、
「お産、楽しかったよ」と笑えるようにしたいものですね。
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